【最乗寺の天狗伝説】山を守る霊力の化身 ― 天狗の寺・大雄山最乗寺

神奈川県南足柄市にある大雄山最乗寺(通称:道了尊)は、600年以上の歴史を持つ曹洞宗の名刹。その静寂な森と壮麗な伽藍の中には、ある強い霊的存在の伝説が息づいています――それが「天狗伝説」です。

天狗伝説の起源 ― 道了尊者の化身譚

この寺の天狗信仰は、開山の歴史と深く結びついています。開祖・了庵慧明禅師の弟子であった道了尊者は、師が最乗寺を建立するという志を聞き、遠く近江の三井寺から天狗の姿となって飛来しました。彼は神通力で谷を埋め、岩を砕き、寺の建立を助けたとされます。

そして、了庵禅師が75歳でこの世を去ると、道了は寺を永久に守護するため、再び天狗の姿に化身して山中深くへ舞い飛び去った――それが、今日の「道了尊=天狗の守護神」としての信仰の起源です。

境内に宿る天狗たちの姿

最乗寺の境内には、天狗信仰を象徴する数々の存在が点在しています。

  • 道了尊 天狗化身像:五大誓願文を唱え、火炎を背負い、掛杖と綱を持ち、蛇を従えて白狐に乗るという、神通力を象徴する姿が彫られた石像。「天地鳴動して山中に身を隠された」という伝説を表現しています。

  • 動了尊天狗化身像
  • 大天狗像:山伏姿で高い鼻を持つ天狗。より強力な霊力を宿すとされ、最乗寺の守護を象徴する存在です。

大天狗

 

  • 小天狗像(鳥天狗):黒い羽毛を持ち、嘴のある顔で飛翔自在な姿。インド神話の巨鳥がルーツとされ、天狗の別系統として最乗寺でも明確に区別されています。

  • 烏天狗

巨大な下駄 ― 世界最大の奉納物

御真殿の前には、総重量約3.8トン(1000貫)という世界最大級の天狗の下駄が鎮座しています。この「高下駄」は、道了尊の霊力の象徴であると同時に、夫婦円満・家内安全の願いを込めた奉納物でもあります。「下駄は二つで一対」という考えから、和合や絆の象徴として崇敬を集めています。

大下駄

 

天狗信仰の息づく風景

天狗の存在は、単なる伝説ではなく、最乗寺の日常や四季折々の景観と溶け合っています。境内の杉林には1万本のアジサイが咲き誇る「てんぐのこみち」が通じ、参道には大天狗と小天狗の像が訪れる人を迎えます。


天狗の寺へ、心を澄ます旅を

最乗寺の天狗伝説は、単なる民間信仰にとどまりません。それは、山を守るという自然崇拝、師弟の深い絆、そして人智を超えた霊力への畏敬が結実した「霊域の物語」です。

訪れる者は、壮麗な建築や自然美の中に、天狗たちの気配と伝承の余韻を感じることでしょう。

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